人工呼吸はある程度の訓練が必要であり、効果的な人工呼吸を行うスキルを持ち合わせていない市民救助者には実施がなかなか難しいものです。また、見ず知らずの人に口をつけるということが抵抗となり、結果心肺蘇生自体が実施されなくなるというおそれもありました。漫画などで、異性の登場人物が倒れたので緊張しながら「人工呼吸を…」というシーンがしばしばありますが、人工呼吸はそう簡単にはできない、恥ずかしいといった感情が一般にはあることがここからも読み取れるのではないでしょうか。(真面目なツッコミをすれば、呼吸の評価もせずにいきなり人工呼吸というのはおかしな話ではありますが…ギャグとしての描写ですからそこは置いておきましょう。)
まわりに居合わせた方に、「せめて胸骨圧迫だけでも行ってもらいたい!」というねらいから、人工呼吸を省略した「胸骨圧迫のみの心肺蘇生」が近年普及し、市民救助者による心肺蘇生実施の件数も年々増加していますが、同時に誤解も広まっています。、「いまは人工呼吸は不要である」という考え方です。
そもそも胸骨圧迫のみの心肺蘇生を普及させた理由として、「傷病者に口をつける人工呼吸は難しく、心的負担にもなるため、人工呼吸に抵抗感がある救 助者が胸骨圧迫すら行わなくなることを防止する」「倒れた瞬間を目撃している心臓が原因の心停止(心原性心停止)であれば、血中に酸素があるため、胸骨圧 迫のみでも傷病者を救うことができる」というものがあります。胸骨圧迫のみの心肺蘇生はあくまで「倒れた瞬間を目撃している成人の心原性心停止」を対象 とした(我が国における心臓突然死の減少を目的とした)ものなのです。
しかし心停止はこれ以外の状態もあります。窒息や溺水などは呼吸停止から心停止に至る「呼吸原性心停止」ですし、子どもの心停止は圧倒的に 呼吸原性心停止が多いので、人工呼吸で血中に酸素を取り込ませないと、いかに胸骨圧迫を行っても脳のダメージを防止できません。このようなケースに対応すべき立場の方(プール監視員や学校 教職員、保育士など)は人工呼吸スキルも習得すべきなのです。
プール監視と心肺蘇生のあり方については、以前こちらでも記事を掲載しました。
(http://www.tokai99aed.com/wp/2016/05/09/%e3%83%97%e3%83%bc%e3%83%ab%e7%9b%a3%e8%a6%96%e5%93%a1%e3%81%a8%e5%bf%83%e8%82%ba%e8%98%87%e7%94%9f%e6%b3%95/
また、心停止から時間が経過した際も血中の酸素は消費されているので、人工呼吸を行わないといくら胸骨圧迫を行っても救命の効果は低くなってしまいます。これについては、金沢大学の研究チームが次のような内容の発表をしています。(http://www.kanazawa-u.ac.jp/rd/37806)
①過疎地域や高層ビル、交通渋滞の影響で救急隊到着に時間を要す場所で発生した病院外心停止例では、近くに居合わせた市民が自発的に胸骨圧迫と人工呼吸を組み合わせた心肺蘇生を実施した場合の生存率の方が、他の心肺蘇生の方法に比べ顕著に高くなる。
②上記①のような地域において、市民が119番通報後に通信指令員の口頭指導を受けて胸骨圧迫のみの心肺蘇生を行った例は、心肺蘇生を行わなかった場合の1.5倍の生存率である。これに対し、市民が自発的に心肺蘇生(胸骨圧迫+人工呼吸)を開始した例は2.7倍の生存率があった。自発的に胸骨圧迫のみの心肺蘇生を行った例でも1.9倍であり、人工呼吸が重要である。
③市民に対して蘇生教育を行う医療従事者に人工呼吸の重要性を再認識させるとともに、質の高い胸骨圧迫と人工呼吸を行うことができる市民の養成などが求められる。
救急隊の到着が遅くなるのは、郊外の地域だけではありません。都心部であっても、高層ビルの上層階や渋滞が激しい地区などでは、日常的に救急隊到着の遅れが発生します。そのような場所で心肺蘇生を行う可能性がある方は人工呼吸のトレーニングを受けるとともに、人工呼吸用デバイス(ビニル1枚のフェイスシールドよりも、写真のようなポケットマスクがおすすめです)を準備しておくことが求められます。
あくまで特定の条件に対し推奨される「胸骨圧迫のみの蘇生」の特性や条件を理解し、ご自身の職種や立場を考慮してどのようなトレーニングを受けるべきかをご検討いただくことが大切です。
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